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2017年9月

2017年9月27日 (水)

危険な高齢者の運転

先日、平日のお昼前に車を運転していた時のこと。

片側一車線の道で、前から来る車が、なんとセンターラインにまたがってど真ん中を走ってくる!!!

「えええ?」やばいこれはぶつかる、よけられないー!

どかん!

と、音と衝撃を残してその車はそのまま走って行った。

見るとうちの車の右側のミラーが吹っ飛んで、電気コードだけでぶらーんとぶら下がっている。

えええまじかーーー!

とりあえず車を停めて振り返るとその車も停まっていた。そしておじいさんが出てくる。

どんなおじいさんかと思いきや、普通に会話のできる、別に酔ってるわけでもない全く普通のおじいさんだった。

ただ、ぶつかったことが全然わかってなくて、運転していたら突然自分の車のミラーが車の中に飛び込んできたのでそれで「ぶつかったのかな?」と気づいたらしい。

とりあえず、連絡先を交換して、うちに帰ってから保険会社やら警察やらに電話する。(こんなときに限って携帯電話を持ってなくておじいさんの携帯電話も電池切れだった)

交通事故なんて初めてなので、どうしていいやらとにかくあたふた・・・

そんなあたふたな自分に、保険会社はやや冷たく、警察は親切だった。

うちの保険会社には、このケースのように100%相手が悪いときは自分で相手の保険会社と交渉してください、と突き放すように言われてしまった。そういうものらしいと後から知ったが、もうちょっと不安な気持ちに寄り添ってくれてもいいのではないかい?

警察の交通課の人はとても親切で、実況見分をするにあたって、相手のおじいさんや交番のお巡りさんに連絡してくれて、何時に現地に、と集まれるようにコーディネートしてくれた。

そして夕方、現地に集まる。

話を聞くと、おじいさん本当に覚えてないんだよね。

いや、意識がちゃんとあったのなら、あんな運転はしないだろう。

道のど真ん中をまっすぐこちらに向かって走ってきて、全くよけるでもなく減速するでもなく、そのままぶつかりながら走り抜けていったからな。

お巡りさんは、お互いの車の右側面の傷の位置をメジャーで測って、「全部今回の傷ですね」と確認してくれた。

お巡りさんは、覚えていない、気が付いたらミラーが車の中に、という話を繰り返すおじいさんの様子に「ああ・・・」という感じだったけど、おじいさんには「運転中に考え事はしないようにしてくださいね」と伝えるにとどまった。「あなた危ないから運転しない方がいいですよ」とは言えないのか・・・

相手方の保険会社は、最初、こちらにドライブレコーダーなどの証拠がないということで「本当にセンターラインを越えていたかどうかわからないですよね」みたいなことを言っていたが、実況見分後の電話で、センターラインを大きくはみ出してぶつかるまで30メートルくらい、時間にして2秒くらいであったこと、お巡りさんがおじいさんの様子に「ああ・・・」となっていたことなど伝えると、その次に電話してきたときはものすごく丁重な態度になっていて、「修理費用はこちらで全額負担させていただきます」と言ってくれた。

きっと、警察の事故記録におじいさんに有利なことなど一つも書かれてないと判断したのだろう。対応早かった。

とりあえず、車やさんに連絡して、応急処置でミラーをガムテープでとめてもらった。(いつもお世話になっている車やさん、本当に感謝してもしきれないほどお世話になってます)

そんなこんなで、ミラーが取れそうなのと車の右側面に大きな傷が残っている以外は落ち着いた。

しかし気になるのがこのおじいさんだ。奥さんはもう免許を返納していると言っていたので、これからもおじいさんは運転を続けるのだろう。

しかしあんな・・・センターラインにまたがって道の真ん中を走り、前から来る車にも全く気づかないような運転を、これからもまたするとしたら。

今回はお互いの車のミラーが取れただけで済んだけど、一歩間違えたら大事故になる。

71歳以上になると免許の更新が3年ごとになり、高齢者講習等を受けることが義務付けられるようになってるらしいけど、それでは生ぬるいのではないか。お年寄りは3年もあればどれだけ心身の機能が衰えるかわからんでしょ。これは毎年でもやった方がいいのではと思う。

また、今年(2017年)から道路交通法で75歳以上の高齢運転者の検査や講習が厳しくなったらしい。今回のおじいさんは「安全運転義務違反」というのに相当し、明らかに検査の対象なんだけどどうなるのだろう?お巡りさんが、この人は危ないと思ったら後で検査の通知をしたりするんだろうか?そこまで私は知ることはできないのでわからない。

今回、この目で危険極まりない運転を見てしまった私は、高齢者の運転というものは早々に何とかしなきゃいけない大きな問題だとものすごく思うようになった。犠牲者が出てからじゃ遅いよ。

ちなみに、今回お互いケガは全くありませんでした。不幸中の幸いです。

2017年9月22日 (金)

映画『ボンジュール、アン』感想

映画『ボンジュール、アン』を見てきた。

子供が独立したくらいの年齢のアメリカ人の奥さんがフランスをドライブして気持ちが解放される話、というそのくらいの頼りない予備知識だけで、「ロードムービー好きだし」「私も気持ちが解放されたい奥さんだし」という理由で見てきた。

大物映画プロデューサーの妻アンが、仕事が忙しい夫とは別行動になってフランスのカンヌからパリまで、夫の仕事仲間のフランス人男性の車で移動することになる。

ところが一日でパリに着く予定が、このフランス人男性ジャックが寄り道ばっかりで、いつまでたってもパリには到着しない。

ジャックは途中でかごいっぱいのイチゴを買ってきたり、美味しいレストランやらローマ時代の遺跡に寄ったりいつの間にか宿を予約していたり後部座席いっぱいのバラを買ってきたり、とにかくひたすらアンをおもてなししている。

映画が、フランスの観光案内の映画のよう・・・

ちょっと!一日でパリに着くはずでしょ?というアメリカ人に対して「楽しまなきゃ~」というフランス人。

これは、アメリカ人のフランスコンプレックスの映画なのか?人生を楽しまないアメリカ人と、美味しいもの美しいものを楽しみ、常にゆとりの中にいるフランス人。

それで結局アンがその状況を楽しんでいるんだか困っているんだかよくわからないまま話は進み、最後に笑顔で「まあ楽しかったわね」という感じで終わった。

えっそれだけ・・・?

というのが正直な最初の感想だった。

「フランスっていいよね!アメリカ人も見習おうね!」という映画なのか・・・?

ところが!帰ってきてから改めて映画について調べてみて、感想が180度変わったのだった。

監督はエレノア・コッポラ。

あのコッポラの娘さん・・・?と思ったら奥さんだった。80歳にして映画監督デビューとのこと。(娘さんも映画監督やっているらしいんだけど)

映画界の巨匠である夫を陰で長年支えてきた妻が、「妻にだって楽しいことがあるのよ」と、仕事仕事で妻をほったらかしにした夫に、ちょっとした仕返しのような映画を作ったみたいだ。実際、自分の体験がもとになっているらしい。

(アメリカ人が憧れるであろう)フランスの美食に観光。遊び上手な大人のフランス人男性が自分のことを美しいと言って全力でもてなし、さりげなく好意を寄せているようなアピールもしてくる。

「ほらっ!いいでしょ!」と奥さん旦那さんに自慢したくなるよねー?

そして不倫にもなりそうでなってない。倫理的にも問題なし。いいことしかないではありませんか。

アメリカなんて奥さんも強そうだなーと思ってたけど、そんなことないのだなと思った。

妻は子育て頑張ってて、夫は仕事ばかりで奥さんほったらかし、妻は自分の人生を生きたという実感がない。そんな妻が子育てを終えたとき、自分を大切にしてもらえるという経験をして、心がふっと緩む。いいですねえ。

夫が見もしないアンの撮った写真を、ジャックは「細部をよく見てますね」と褒めてくれた。アンは、きっとこれから自分が大好きな、布地や刺しゅう、写真で自分を表現していくのだろう。

「自分は楽しんでいいのだ」ということを知るということは素晴らしいことだよね。人生を楽しむ達人は、楽しんでない人にどんどん楽しみ方を教えてあげるといいよね。

ちなみに原題は「Paris can wait」

「パリは逃げませんから」って感じかな?

2017年9月 8日 (金)

お節介おばさん

8月に東京の実家に下の娘と帰省し、また東京から家へ帰ってくるときのこと。

東京駅から新幹線のこだまに乗った。

東海道新幹線のこだまは、各駅停車である。うちの最寄り駅は基本的にこだましか止まらないので(たまにひかりも止まるがものすごく混んでいるのでまず利用しない)いつもこだまにお世話になっている。

新幹線に乗ったら通路を挟んだ隣の席に、若い20歳そこそこのカップルがいた。

すごく楽しそうに会話しているのが全部聞こえてきたのだが、どうも彼らはこれから大阪に遊びに行くらしい。

えっ・・・これこだま!各駅停車なんだけど・・・?

確かに新大阪行きには違いないが、各駅停車で大阪まで行ったら一体何時間かかるのだろう。

もう、この隣のカップルが気になって気になってな・・・

食べたいのはたこ焼きとー、お好み焼きとー、串カツとー、ととても楽しそうな二人。

東京駅を出発したのが午後4時頃。彼らが大阪に着くのは8時近くになるだろう。ああ、お腹すくよね・・・会話からして彼らは2時間くらいで着くつもりでいるが、それはのぞみに乗った場合だから・・・

もしのぞみに乗り換えるなら次の新横浜で降りないといけない。

これは教えてあげた方がいいのでは?と思ったが、私は「人に話しかける」という行為がものすごく苦手で、どうしても声がかけられない。

脳内でものすごい葛藤が始まる・・・

このままでも大阪着くじゃん・・・座って行けるし・・・新幹線間違えてるなんて言われたら男の子の面目が丸つぶれになってプライド傷ついちゃうかも・・・

いや、新幹線間違えてるっていつか気が付くしそれだったら早い方がいいよ・・・新横浜過ぎたらあと名古屋まで各駅は大変すぎるよ・・・

うわうわどうしようと私は一人であせり続け、そしてついに「まもなく新横浜ー」のアナウンスが流れて、ついに私は大阪のるるぶを開いて読んでいるその男の子に声をかけたのだった。

あの、大阪へ行くんですか?これはこだまで各駅だからものすごく時間かかりますから、次降りてのぞみに乗り換えた方がいいですよ・・・

彼らはびっくりして、「ありがとうございます!」と言って新横浜で降りていった。

しかしそのあとも、私は「声をかけてよかったんだろうか?」とうじうじ。

まあ・・・彼らが無事に大阪に着いて大阪観光を楽しんだと信じることにしよう。

私は、このように人に話しかけるという行為がものすごく苦手なんだけど、このときはなぜか背中を押されたのだった。

何に背中を押されたかというと、田口ランディさんのウェブマガジン「ヌー!」を前日に読んでいたこと。

ランディさんが座禅を禅僧の方に教わっていて、悟りとか空とかについて質問をしたときに、この村上光照禅師という方がおっしゃったことがなかなかすごくてすごく心に残っていたのだった。

人間がやることは眠ること、食べること、排泄すること。あとは穏やかに生きて人に優しく親切にする、それで十分。という話だった。

これ読んでなんだか目の前の霧が晴れたような、さわやかで穏やかな気持ちになれてなあ・・・

それで、隣のカップルが乗る新幹線を間違えているのを教えるか?どうするか?と迷っているときに、この「人に親切にする」という言葉がものすごくちらつき、ついに私の背中を押した。

思えば私も見知らぬ人からたくさんの親切を受けてきた。学生の頃一人旅をしたときも、私がぼーっと回送電車に乗り込んでいたら、わざわざ電車の中に入ってきて「この電車は回送ですよ!」と教えてくれた人がいた。レンタサイクルを借りて走ってたら雨が降ってきて、慌てて濡れながら返しに行ったらそこのおじさんが温かいココアを飲ませてくれた。

いろんな親切を受けてここまで来られたのだから、私もこれから他の人に親切を返していかないとなあ。

なかなか、自分から人に何かするって私にとってはすごく難しいことなんだけど、どんどんおばさん化が進行してずうずうしくなってきているので、私もいつか立派なお節介おばさんというものになれるかもしれない。楽しみである。

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