2010年3月18日 (木)

ちゃんとつっこんで作ってほしい

パソコンに向かう時間がなかなか取れないので、書きたいと思ったネタがどんどん古くなる。

そんな古くなってしまった話だが書いてみる。

うちがちょくちょく見ている番組、NHK教育テレビの「すくすく子育て」。乳幼児を育てている親向けの子育て番組である。

その番組で、2月に「やってみよう!預かりあい」という特集をやっていた。

お母さんと子どもがずっと1対1で育児をするのではなく、同じような乳幼児のいるお母さんたちが集まって、お互い子どもを預かりあってはどうか、という提案。集まって、数人で全員の子どもの面倒を見ている間に、残りの数人は、自由に出かけたり用事をしたりできるので、お母さんもラクになるでしょう、という主旨の内容だった。

それはいいねえ~と見ていたのだが・・・

取材した最初のグループ。元々親しくしている人たちで集まって、うまいことやっているようだった。子どもも私の記憶では2,3歳の子ばかりだったような。(この辺記憶があやふや。)

次に紹介された集まり。ソーシャルネットワーキングサービス(mixi?)で知り合った人たちが集まっての、初めての預かりあいを取材していた。初めてなので、出かけるほうのお母さんたちは隣の部屋でこっそりスタンバイしている状態で、残りのお母さんたちによる託児がスタート。

これが、どう見ても大変でしたがな・・・

子どもは見たところ0歳と1歳くらいの子が多かったように思う。0歳の自分の子を見るのに手一杯のお母さんに、果たしてもう一人別の子の面倒が見られるのか?

しかも、その面倒を見るべき預かった子は、いきなり自分のお母さんがいなくなったのでパニックになって泣き叫び続けている。

とても見ちゃいられないような、どたばたな状態が紹介されていた。

で、そんな映像が流れた後で、番組はスタジオからに。

これ、どうまとめるのかな~と思ってみていたら、「いいですね、預かり合い!」と絶賛する司会者たち・・・ええっ・・・

スタジオの一般のママさんにマイクを向け、「どうでしたか?」と感想を求めると、「はい、見てみて私もやってみたいと思いました。」・・・ええっ・・・

本気かよ!!

あの状態の、あまりの展開にぐったりしているママさんたちの映像の、どこが「いいですねー」なのか。

テレビカメラの前の現実を、完全に無視している・・・NHK、いい加減な番組作りするんじゃないよ。

あの取材で、勇気を出してあれを失敗例と位置づけ、なぜうまくいかなかったのかを追及すればいい番組になったのではないかと思うんだけど。

シナリオ通りにいかないところに、物事の本質があるのではないか?

そこんとこ、つっこんでほしかったぞ!

せめて、もしシナリオ通りに「いいですねー」となる番組を作りたいのなら、あんな、お母さんがいなくなって泣き叫んでいる1歳児が、託児係のママさんの洋服の上に嘔吐している映像など、流さないほうがいいだろう。

大変だ、という映像を流したいのなら、スタジオの司会のリアクションも「うわ、大変でしたね」とし、いろいろ大変なこともあるけど、それでもいいことも多いんですよ、と話を持っていけばいいのだし。

制作者は、一体どうしたかったのだろう・・・?

日々リアルに育児をしている親が、そんな「いいですねー」にだまされるわけないだろう。求めるのはもっとリアルな情報である。

とりあえず、見ていて、「子どもが0歳児や1歳児のお母さんばかりで預け合いをするのは無理である」ということだけ映像から伝わったんだけど。

なんて、テレビに向かって文句言っててもしょうがないかしらねー。

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2010年2月10日 (水)

こどもの名前

チビ子は上のムスメと11歳離れている。

前にも書いたが、11年たつといろんなことが変わっている。最近とみにそれを実感するのは、「よその子の名前」。

ヘンだよ!!ヘン!!

上のムスメのときにはありえなかった名前が、普通に周りにゴロゴロしている。特に女の子の名前・・・

今日小児科に行ったときに、呼ばれていた名前が「さゆなちゃん」と「ひまりちゃん」だった。

まあ・・・かわいい・・・けど・・・う~~~ん・・・

こんな、読みからして馴染めない名前がゴロゴロしている。

もしくは、読みは普通でも、漢字がありえない(絶対読めない)名前も多い。

こんなページもあるが(DQNネーム)、ここにあるような名前は、決していまや珍しいものではなく、普通にあるようになってしまった。

例として、このページから引用させてもらうと、向日葵(すみれ)ちゃん、葵姫(あおい)ちゃん、不思議(ふしぎ)ちゃん、英里(ひらり)ちゃん、晴陽(はるる)ちゃん・・・

なんでこんな名前が普通に・・・

知っている子(現在乳幼児)にも、絶対読めない漢字の名前の子が数人いるが、ママさんは決して変わった人でもバカっぽい人でもなく、むしろ非常にまともな部類の人である。

何だろう、もう、こどもの名前って、普通の名前をつけちゃいけないような空気になっているんだろうか。

うちの子の名前、普通なんだけど・・・ええっ、いいんだよね、別に。

チビ子が大きくなって、うちに連れてくる友達の名前がさゆなちゃんやひまりちゃんだったりするのか、と思うと一瞬めまいがするが、みんな同じ人間なんだから仲良くしなくては!

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2009年10月22日 (木)

用事は忙しい人に頼め

なかなか更新ができない毎日。仕方がない。ヒマがない。

赤ちゃんが産まれてヒマというものがまったくなくなってしまったのだが、なぜか家事はできている。

しかも、今まで以上にできている。

ちょっとでも時間が出来ると、すごい勢いで家事をするのだが、この「勢い」のおかげで、以前よりも早くて、ちゃんとしている。

赤ちゃんの授乳やら相手やらしながらも、朝の9時には洗濯物も干し終わって掃除も終わっている。そんなこと、今までありえなかった。9時といえば、「さーどっこいしょ、仕事するか~」というような時間だったぞ、今まで。(すいません、ズボラで。)

夕食の支度も、朝からしていたりするので、出来るのが早い。しかも以前よりもちゃんとしたものを作っていたりする。

家の中も、前より若干きれい。

忙しくなって、なぜかグレードアップする家事。

集中力が増すんだろうか。

用事は忙しい人に頼め、とはよく言うが、それは本当だと思う。

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2009年7月21日 (火)

そろそろ?

臨月に入り、また日が過ぎ、予定日まであと6日という今日。

いつ産まれてもおかしくないので、毎日なんだか落ち着かない。

最近は、朝、すごく早く目が覚めるようになってきた。4時半とか5時とか・・・

産まれる日が近づくと、産まれてからの赤ちゃんの昼夜を問わない世話に備えて、眠りが浅くなっても大丈夫なようになってくるらしい。

自分では良くわからないが、体は着々と準備をしているのだな・・・

あと、子どもを産む前には「営巣本能」というのが発揮されるらしく、家を片付けたくなるらしい。

確かに、ここしばらく、朝の家事がやたらスムーズだ。いつもだとダラダラしていつまでも片付かない朝の家事が、最近ずっとやけに早く終わる。家の中が、明らかに今までよりきれい。体力は落ちてきていて散歩や運動などは億劫なのに、なぜか家事だけはすごい勢いでできてしまう。

・・・これは、産後も是非続いてほしいんだけどなあ・・・

それから、髪を切るかどうか迷っているうちに、もう外出はちょっと控えなきゃという日々になってしまった。あきらめるか・・・

産まれたらしばらく美容院には行けないので、髪の毛は後ろで結べるようにしておこう、じゃあ切らない方がいいか、と思っていたが、今、サイコーにうっとうしい頭・・・

とりあえずヘアバンドで押さえてあるが、こんなうっとうしい頭でさらに伸びてぼさぼさになった状態で、赤ちゃん抱いていたら、見るからに「育児疲れで身なりに構わなくなったよれよれの可哀想なお母さん」になりそう(涙)

名前も、父ちゃんも私もいろいろ考え中だが、なかなかこれって決まらない。

なんとなく、いいかな~?と思った名前があったけど決定打にならず保留になっていたが、何か名前のヒントに・・・と思ってパラパラ読んでみた、サン=テグジュペリの「人間の土地」に、その名前の漢字2文字を使ったきれいな文章を見つけ、おお、いいかも~と思ったのだった。さて、どうなるか?

そんなこんなで、準備ができてんだかできてないんだか、のまま、毎日着々と予定日に向かっていく。あぁ、陣痛って痛いんだよね・・・

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2009年7月 2日 (木)

ようやく臨月

毎日ダラダラと過ごしているうちに、今週から妊娠10ヶ月に入った。

一応、いつ産まれてもおかしくない時期。

しかし、まだあんまり実感がない・・・2人目ってこんなもんなのか。気がついたら産まれているんだろうな。

ムスメを産んだのは11年前、31歳のときだったが、そのときと今の体力の差に愕然とすることが多い。

ムスメがお腹にいるときは、毎日1時間くらいどんどん歩いていたけれど、今は歩くと、すごく疲れる。11年前は、近くの坂の上にある住宅地まで普通に散歩に行けたんだけど、今は坂道が登れましぇん。ちょっとした上り坂でもあっという間にふらふらに。厳しい・・・

お腹がすごく大きくなっているのか?というとそうでもなく、大抵の人に「(月数のわりには)目立たないねぇ」と言われる。実際、妊娠8ヶ月になるまで、こちらから言わなきゃ誰も気がつかなかった。一応、赤ちゃんの大きさは普通みたいなんだけど、なぜかお腹がそんなに大きくならず、目立たない。

なので、お腹が邪魔で靴下がはけないとか足の爪が切れないとか、そんなことはないので、そのへんは便利かなー?

性別は、いまだ謎。

聞くタイミングが悪いのか、先生に性別を聞いてみた時、いつも逆子だったりたまたま向きが悪かったりでよくわからなく、もう聞くのを止めてしまった。

しかし、どうして周囲の皆は、生まれていない子どもの性別を知りたがるんだろう?わからないのに、会う人会う人に「どっち?」と聞かれるのでいい加減うんざりしてしまう。あれって一体何なのだろう?お天気の話題みたいな、妊婦さんとの会話の基本パターンとして定着しているのか、それとも話題に乗り遅れないよう、情報を早めにゲットしたいということなのか?もう、どっちでもいいじゃんよ・・・例え性別がわかっていたとしても、うっとうしいかもしれない。

ちなみにうちのバカ親子、父ちゃんとムスメは妊娠当初、男女どっちかの賭けをしていた。(もちろん言いだしっぺは父ちゃんだ。)馬鹿野郎!産まれてどちらかわかったときに、負けたほうはがっかりするんかい!無事産まれてがっかりたぁ何事だー!許さんよ・・・

そんなこんなで、予定日は7月27日。25日からムスメが夏休みなので、産まれるなら24日の夜以降がいいなあ。25,26は土日で父ちゃんも家にいるし、是非そのあたりで・・・。

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2009年6月24日 (水)

贅沢だよ~

父ちゃんの会社の20代後半の男性が、

「彼女と結婚したいけれど今の給料では難しい・・・」

と言っていたんだそうだ。

20代の頃のウチの会社の給料がどんなもんか、はっきり覚えていないが、そんな、結婚できないほど給料低かったっけか?

と思ったら、父ちゃんによると、彼女は「年に2回くらい海外に行きたい」んだそうで、そりゃ、そんな生活したかったら足りなさそうだな~。

収入に見合った生活というのがあると思うのだが、そうではなく、生活に見合った収入がほしいらしい。

だったらだんなさんだけでなく、自分も働かなきゃダメでしょうね~。

この彼女さんは、彼氏と結婚したいのか、お金と結婚したいのか?理解に苦しむわ。

何年か前も、父ちゃんの会社の同僚(父ちゃんより2年くらい下)の奥さんが、「こんな給料じゃ暮らしていけない」としくしく泣いていたんだそうだが、うちはこんな給料でずっと暮らしてきたんですけど・・・・・。一体どんな暮らしがお望みで・・・。

今図書館で借りているAERAに、「婚活特集」が出ているのだが、この記事によると、都内の25~35歳の独身男女の調査で、男性で年収600万円以上の人は3.5%しかいないが、結婚相手に年収600万円以上を望む女性は39.2%もいるんだそうだ。(2002年の調査。)

皆さん、贅沢ですね・・・

うちの地域には、某有名企業の研究所があり、そこにお父さんがお勤めのおうちは「児童手当が出ない(=つまり、給料が高い)」と聞いたことがあるが、そこにお勤めのお父さんは、毎晩帰りが夜10時過ぎとか、いつもかなり遅い時間になるとも聞く。

そんなんでも、だんなさんの給料は高い方がいいのかな?

うちは、少々安月給でも、おとーさんが夜7時に帰ってくる生活のほうがいいけどな。

・・・って、父ちゃんの名誉のために書いておくが、父ちゃんは課長さんになったので、今はちゃんと給料が上がってます。

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2009年6月18日 (木)

つくづく無駄が嫌い

ムスメの学年の2泊3日のキャンプは無事終わり、そのときの写真が学校に貼り出された。

ほしい写真があれば申し込んでくださいとのこと。

ちょうど授業参観があり、ムスメに「昼休みは他にすることがあるから、おかーさん選んどいて」と言われ、授業の前にせっせとムスメの写っている写真を探した。

数百枚もの写真から、探すのは大変・・・

なので、ざあ~~っと見て、ムスメがはっきり写っている写真だけを選んだ。全部で9枚。似たような写真、あんまりかわいく写ってない写真は却下。

あんまりじっくり見ていないので、小さくしか写っていない写真も当然入っていない。

しかし、一緒に選んでいた他のお母さんたちのメモ書きを見ると、皆、何十枚と番号を控えている。ちゃんと見て、我が子が小さく写っているのも見逃さずに入れているに違いない。

うちは、その後ムスメがさらに2枚足して11枚になったが、いろんな人の申し込み状況を見聞きしたところ、そんなに少ないのはうちだけのようだった。

楽しい思い出の写真は、いっぱいあると見てしばらく楽しめるし、多めに頼む人が多いのもわかるが、私はついつい、アルバムに貼ることも考えて、貼りきれない写真を処分しなきゃいけないことまで考えてしまう。

そして、できるだけ無駄を排除する行動に出てしまう。

つくづく無駄もないけど、つくづくあそびもないねぇ・・・

ちなみに、うちのアルバムは、2,3年で1冊に収まるくらいにしてある。

以前、友達の家に行ったとき、子どもがまだ1歳だというのに、分厚いアルバムがすでに7、8冊にもなっているのを見て、「この調子で写真が増えてったらどうなるんだ~」と恐怖を覚え、「うちはそれはやめよう。」と固く思い、そうするようになった。

彼女の家のアルバムがその後どれだけ増えたのかは知らない・・・けど、毎年年賀状の写真は、いつもとってもナイスな写真である。数ある中から選んだだけあるかも・・・

とっても無駄が嫌いな私であるが、めちゃめちゃ無駄だらけのこの友達の持つ、おおらかさ、スケールの大きさも好きで、それはそれでいいんだな~とも思う。

今回、写真を60枚頼んだという人にびっくりしてしまったが、それもいいのかもね。

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2009年6月12日 (金)

白、ピンク、レース、バラ・・・

ムスメの仲良しグループ4人に、5年生になってから、さらにもう一人Yちゃんが加わった。

先日そのYちゃんが初めて他の子と一緒にうちに来たが、一人だけ佇まいが違う。

華奢で色白で、ピンク系の小花柄のスカートをはき、何かあるごとに真面目な顔で、「ゴミを捨てさせていただいてもいいですか」などと丁寧に言うので、「ど、どうぞ~~」とこちらが恐縮してしまった。

そして昨日、Yちゃんの家に初めて遊びに行った、ムスメたち。

皆で興奮しながら帰ってきた。

Yちゃんの家が凄かったと。

まとまりのない彼女らの話をまとめると、どうも家がとてもゴージャスで上品だったらしい。

家具は白で統一され、天井にはシャンデリア、バラの絵のお皿、コップに敷くコースターはレース・・・全体的に、白とピンクとレースとバラ、で、お姫様のお部屋のような家だったと。

「ポッキーがね!なんとグラスに入って出てきたんだよ!!」

「Yちゃんの部屋、ベッドの横に白いソファがあったよ!!」

「テレビがいっぱいあって、全部液晶テレビだった!!」

ええーい、騒ぐな騒ぐな庶民の娘ども~~~~!

Yちゃんちはおそらくお金持ちなのだろうが、それよりも、インテリアやライフスタイルにおいて「好きなイメージ」がはっきりしていて、それを完全に貫き通すというところに、Yちゃんのお母さんの意志の強さが出ていて、感心してしまう。

結局、しまりのない家というのは、片付いていないだけでなく、片付けた所でイメージがバラバラなものが同時にあるから、しまりがなくなってしまうのだろう。

そして、ムスメたちを車で迎えに行ってくれたお友達のお母さんと、「(素敵な家にするのは)うちは無理」という結論になって終わってしまうのであった。はっはっはー・・・って、少しは頑張れってば。

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2009年5月28日 (木)

今度は服の処分

2ヵ月後の出産に向けて、あれこれ片付けなければ、と思いつつちょっとずつしか進まない。

先日本を処分したが、今度は衣替えのついでに服も、ゴミ袋2袋分ほど処分した。

「まだきれいなんだけど、多分着ない」服をまず処分。

それから、同じカテゴリーのもの(例えば「タートルネックシャツ」とか「厚手のセーター」とか)は、4枚までとし、それ以上あったら処分。

これで服をちっとは減らすことができたのだった。

洋服に関しては、持っている枚数が多い=オシャレ、というものではないからな。

大学生の頃、同級生の男の子で、毎日ず~~っと同じ格好の人がいた。

彼は毎日、黒いTシャツにジーパンに編み上げのごつい靴を履き、カーキ色のよれっとしたジャケットを羽織っていた。そのスタイルは細身の彼には大変よく似合っており、「服が1種類しかなくてもオシャレに見える」という点で、とても印象的だった。

知っているママさんでも、かなりの頻度で「白いシャツにジーパン」という人がいたのだが、それがまた、セレブっぽい彼女に非常に良く似合い、あれこれいろんな格好をしない分、余計にかっこ良く見えた。

逆に、以前勤めていた職場に、ある時から、いつ見ても違う服で会社に来るようになった女性がいた。(ある日気づいて、観察してみたが、本当にいつ見ても違う服だった。)しかし、どんなに毎日違う服を着て来ても、決して「フツー」のレベルを超えることはなく、頑張って枚数を増やしたところでフツーの人はフツーのままなのだ、と痛感させられた。

どうせフツーなら、たんすがすっきりしている方がいいじゃんよ・・・(衣替えもラクだし・・・)

というわけで、本当はもっと減らしたいです。

ただ、「自分に似合うのはコレ!」と厳選できるような高等技術を持ち合わせていないので、未練がましく何枚も持つことになってしまう訳ですね。

とりあえず、1枚買ったら1枚(以上)捨てる、新陳代謝のいいたんすにしたいなあ~。

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2009年5月20日 (水)

感染するなら今のうち??

毎日新型インフルエンザの話でもちきり。

今のところ、弱毒性で症状も軽そうだし、ちょっとそこまで大袈裟に対応しなくてもいいのでは・・・?と思う私は呑気なのだろうか。

そんな折、人づてに聞いたのだが、知り合いの、薬剤師をやっているママさんがこんなことを言っていたのだそうで、

「今かかっておけば、症状は軽いし、薬の在庫もたっぷりあるし、新型への免疫ができて、強毒性が流行ってもうつらないで済むし、いいんじゃないの?」と・・・。

この話を聞いて私に話してくれた人は「ええ~~」と思ったらしいが、私は、

「そっか!!そういう考え方もあるのか~~」

といたく感心してしまったのだった。

今、新型に感染して怖いのは、学校や職場での「感染第1号」となって人から後ろ指をさされ、エンガチョ扱いされて迷惑がられるという、社会的孤立だけである。

感染しないに越したことはないが、感染したらしたで、パンデミックになったときに死ぬリスクが減るかも・・・

と思うと、なんてことはないように思えてしまう。

弱毒性から強毒性に変わっても、同じ免疫でいけるのか、とかそういうことはよくわからないんだけど。

ちなみに、この薬剤師のママさんちは、毎年インフルエンザのワクチンは打っていない。うちと同じ。彼女の勤め先の病院の薬局でも、誰もインフルエンザワクチンは打たず、それでも誰もインフルエンザにならないんだそうだ。日々病人と接しているうちに、免疫ができてしまうのだろうか?

それにしても、マスク売り切れのニュースなどを見ていて、なんか違和感を覚える。

「マスクは、『人にうつさない』ためのものであって、『うつらない』ためのものではない」と、専門家があれだけ言っていても、それでもせずにはいられない気持ち、それはわかるけど、「これがなければ」と命綱か何かのように思い込んでいるのはどうなんだろう。アメリカじゃ誰もマスクなんかしてないらしいし。

私だったら、マスクを買い占めるよりも、免疫力を高めるためのもの、例えば体を温める入浴剤とか、高麗人参ドリンクとか、そっちのほうを買うぞ。

おそらく誰もしていないそっち系の買いだめ、ちょくちょくしているんだけど、また買い足すかな・・・

強毒性のインフルエンザは、若者など免疫力の高い人ほど全身症状に出て死に至りやすいというので、果たして免疫系に走っていいのかとも思うけど、まずは「かからない強さ」がほしい。

中3のお子さんが来週、京都・奈良へ修学旅行へ行く予定というママさんが、中止になるかどうかやきもきしているので、「かわいそうだから行かせてやってほしい」のかな~と思ったら、

「親としては行かせたくないよね~」

だった。他にいたママさんたちも「そうだよね~」と同意していたので、やっぱり私は世間では極端に呑気な方なのかもと思ってしまった。

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